高坂彫刻プロムナード【高田博厚彫刻群】


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高坂彫刻プロムナードは、
埼玉県、東武東上線の高坂駅西口から約1キロメートルにわたる野外彫刻ギャラリー。
日本を代表する彫刻家 高田博厚氏の彫刻32体が設置されています。

【所在地】
東武東上線高坂駅
高坂駅西口から約1kmにわたり常設展示されている32体の彫刻群

【展示作品・作家】

高田博厚

(展示作品)
遠望、大地、水浴、アラン、海、女のトルソ、高村光太郎、カテドラル、憩い、女の大トルソ、在2、ポール・シニャック、女のトルソ、タゴール、女のトルソ、棟方志功、空のトルソ、新渡戸稲造、裸婦立像、宮沢賢治、空、憩う、男のトルソ(ヘラクレス)、女のトルソ、礼拝、高橋元吉、在1、女のトルソ、横たわる女、マハトマ・ガンジー、パラスのトルソ、水浴

【公式ホームページ】
●高坂彫刻プロムナード【高田博厚彫刻群】/東松山市ホームページ
●東松山市広報紙|高坂彫刻プロムナード(平成28年10月1日号)(PDF:1.7MB)

女のトルソ(1965年) 首も手もないトルソの美しさは近代の発見と言えよう。昔は「美に対する観念」というより、むしろ藝術品を求める注文主が「完成姿態」を要求した。しかし、発掘された古代作品が、首や腕がない時、より本質の「美」を示していることへの感覚的知恵を近代人に与えた。
女のトルソ(1965年)
首も手もないトルソの美しさは近代の発見と言えよう。昔は「美に対する観念」というより、むしろ藝術品を求める注文主が「完成姿態」を要求した。しかし、発掘された古代作品が、首や腕がない時、より本質の「美」を示していることへの感覚的知恵を近代人に与えた。(高田博厚)

 
高村光太郎(1959年) 日本の彫刻界で彼のように聡明確実な腕をもった者は一人もいなかった。その上彼の世間を相手にしない孤高な魂はそれに気品を与えた。彼は木盆にヴェルレーヌの詩、「われは選ばれたる者の怖れと喜びを持つ」を原語で自ら彫りつけていた。
高村光太郎(1959年)
日本の彫刻界で彼のように聡明確実な腕をもった者は一人もいなかった。その上彼の世間を相手にしない孤高な魂はそれに気品を与えた。彼は木盆にヴェルレーヌの詩、「われは選ばれたる者の怖れと喜びを持つ」を原語で自ら彫りつけていた。(高田博厚)

 
カテドラル(1937年) ロダンがフランスの「カテドラル」の中で、ランスの寺を「跪いて祈る女」と云っているのは、勿論君は知っている。僕がはじめてランスの寺で受けた感動は、後年ギリシアのシシリアで受けたものと同質である。春の小雨の降る日、細い道に入って右にまがったら、不意に目の前に、雲の流れる濡れた空の下に、膝を折り、胸を張り、合掌し天を仰いで若い女が祈っていた。ランスのカテドラルが…。
カテドラル(1937年)
ロダンがフランスの「カテドラル」の中で、ランスの寺を「跪いて祈る女」と云っているのは、勿論君は知っている。僕がはじめてランスの寺で受けた感動は、後年ギリシアのシシリアで受けたものと同質である。春の小雨の降る日、細い道に入って右にまがったら、不意に目の前に、雲の流れる濡れた空の下に、膝を折り、胸を張り、合掌し天を仰いで若い女が祈っていた。ランスのカテドラルが…。(高田博厚)

 
高橋元吉(1970年) 高橋元吉は私の一生の友だった。生き方も歩き方も二人はずいぶんちがっていた。しかし、自我の内部が命令するもの、精神の秩序、この点で二人は全く一人であった。
高橋元吉(1970年)
高橋元吉は私の一生の友だった。生き方も歩き方も二人はずいぶんちがっていた。しかし、自我の内部が命令するもの、精神の秩序、この点で二人は全く一人であった。(高田博厚)

 
マハトマ・ガンジー(1966年) 部屋の窓際に大きな老眼鏡をかけたやせこけた白衣の小人が達磨のように坐って、糸車を紡いでいる。こちらの壁際に私は坐る。黙礼して一言もかわさない。寂かな部屋の中にじんじんとして伝ってくるものがある。なんにもいわないで、こんなに人間の存在を強く感じることはない。
マハトマ・ガンジー(1966年)
部屋の窓際に大きな老眼鏡をかけたやせこけた白衣の小人が達磨のように坐って、糸車を紡いでいる。こちらの壁際に私は坐る。黙礼して一言もかわさない。寂かな部屋の中にじんじんとして伝ってくるものがある。なんにもいわないで、こんなに人間の存在を強く感じることはない。(高田博厚)