アーティストの言葉


アーティストが残した珠玉の言葉を紹介しています

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荻原碌山
木内克
草間彌生
佐藤忠良
新宮晋
澄川喜一
曽根裕
高村光太郎
建畠覚造
田村史郎
平櫛田中
舟越桂
舟越保武
本郷新
三木富雄
柳原義達

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カール・アンドレ(Carl Andre)
イサム・ノグチ(Isamu Noguchi)
カルダー(Alexander Calder)
リジア・クラーク(Lygia Clark)
ジャコメッティ(Alberto Giacometti)
リチャード・セラ(Richard Serra)
ダニ・カラヴァン(Dani Karavan)
ニキ・ド・サンファル(Niki de Saint Phalle)
マルタ・パン(Marta Pan)
ブールデル(Émile-Antoine Bourdelle)
ブランクーシ(Constantin Brâncuşi)
ジュゼッペ・ペノーネ(Giuseppe Penone)
リー・ボンテクー(Lee Bonteou)
マイヨール(Aristide Maillol)
ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti)
ヘンリー・ムーア(Henry Moore)
レームブルック(Wilhelm Lehmbruck)
ロダン(Auguste Rodin)
メダルド・ロッソ(Medardo Rosso)

荻原碌山
    • すべてのものを超えて自己を重んぜよ

 

    • 精神の自由は人生最高の問題

 

    • 私は作品(ロダンの考える人)に接して、初めて芸術の威厳に打たれ、美の神聖なるを覚知して茲(ここ)に彫刻家になろうと決心した

 

    • 自然の研究とは現実に触れろということである。切実に人生と交渉しろということである。

 

    • 作品にしても私はプリミティブなものにひかれる

 

    • 彫刻の本旨、即ち中心題目は、一制作によって一種内的な力(inner power)の表現さるることである。生命の表現さるることである。

 

  • LOVE IS ART,STRUGGLE IS BEAUTY.(愛は芸術なり 相剋は美なり)

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木内克
    • 芸術というものは写生そのものではなく、いろいろな味があったり、匂いがあったりするようなものだとおもう。その人自身がでてこなければいけないものだよ。

出典『木内克の言葉』

    • ぼくは小さい頃から動物ならなんでも好きだった。特に猫と馬はこの年になるまで好きだね。

出典『木内克の言葉』

    • ぼくは彫刻というものは宝石を入れる箱であると思っている。

出典『木内克の言葉』

木内克に関する書籍をこちらで紹介しています

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草間彌生
    • じゃんじゃんやるわよ私。命の限り

出典『NHK BSプレミアム「世界が私を待っている」』

    • 地球、月、太陽、そして人間も、全ては水玉で出来ているの、無数の水玉によってね。これは私にとってとても大事な哲学のひとつであり、そしてこのアイディアは多くの人にも受け入れられているの

出典『Aolニュース インタビュー』

    • 人間の生きていることに対して、私も含めたすべてのものへ対して『愛はとこしえ』。人々が戦争やテロなどに巻き込まれず、平和に暮らせるように、生涯を渡って永世までそのメッセージを伝えつづけたい。

出典『ART iT インタビュー

    • 求めれば求めるほど、星は遠く見える。歳をとったからできなくなったことを嘆くよりも、前にはなかったエネルギーをたくさん作って、挑戦を続けたい

出典『VOGUE JAPAN 2013年02月号』

    • 自分自身の信じるところを正直に生きればいいと思います。

出典『CINRA.NET インタビュー』

    • 描くことに熱中して食べることを忘れてしまう。味より絵の方が大切

出典『松本市美術館トークイベント』

    • 私は宇宙初の天才で星や太陽といつも一緒に住んでいます。私の想像力は限りもなく、地球を飛び越えて宇宙の彼方へ前進して行きます。

出典『CINRA.NET インタビュー』

    • 芸術で築き上げた世界に、この年になって自信が出てきた。今までのことを土台に、これから本気になって、絵描き、芸術家として立っていくときなんです。これからが本当の草間彌生の人生なんです。

出典『朝日新聞Be

    • 私は自己表現と自己消滅を求めることにエネルギーを注いできたわ。でもね、私はアートを通して自滅するつもりなんてないの。

出典『Aolニュース インタビュー』

    • 私の芸術の発展は、天才と努力の二つから成り立っています。

出典『CINRA.NET インタビュー』

    • 私もエジソンに賛成です。私の芸術の発展は、天才と努力の二つから成り立っています。

出典『CINRA.NET インタビュー』

  • 私は死んでもなお、まだまだもっと絵を描きたいんです。死んでも死にきれないくらい、美術のことと、つくることに熱烈なのよ。

草間彌生に関する書籍をこちらで紹介しています

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佐藤忠良
    • 芸術は人生の必要無駄

 

    • そんなだから50までは食えなかったんですよ。だから今でもうちの家内には頭あがんないし、オリエが役者やりたいって時もピアノひとつ習わせてやることができなかったからね。

出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

    • こつこつこつこつやって生まれた作品というものには、何かそういう、「人間の思い」というものを、観る人に伝える力があるんじゃないかなあと僕は思うんだけどね。

出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

    • 僕のつくる人物像は、いつも普通に暮らしている市井の人が中心です

 

    • 彫刻でも「好きなようにやればいい」 「個性が出るよ」なんていう人もいるけど、本当の個性というものはね、エキセントリックなものを 個性だと思ったら大間違いですよ。

出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 生まれたままの自然児が自由な人間なのではなくて、ほんとうの知性や感性を努力の末に獲得した人間が、自由なのである。
  • 滝沢修さんていう役者、劇団民藝の、確か「石狩平野」という芝居を見たんだけど、 その中で滝沢さんは静かに囲炉裏の前で座ってんの。それがぱっと立った時にね、ふわーと舞台全体の空間を抑えちゃったの。僕はそれを観た時にね 「僕はこんな彫刻をつくりたいな」 と思ったんですよ
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 雑談しているときでも目でさわっているんです
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • だって芸術がなんだなんて言うと これほどはっきりしないものはないでしょ。爆発的なものが芸術だなんていうのもあるくらいだし。でも本当の芸術とは、能のように内側に爆発力や瞬発力をすっと溜めて、ほんの少しの動きの中に喜びや悲しみ、怒りを込めてるものだと思うんですよ。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 僕はいつも、「大人の人にあったら挨拶しなさいよ」 なんてことを30数年間東京造形大の学生たちに言いつづけてきてるの。「君たちは4年保育だよ」てね。これはね、何でもないようなことだけど、 これもひとつの「枠」として、大切なことなんですよ。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 芸術はね、才能は確かに必要。でも、こつこつこつこつやる人間にはかなわないというのが、 学生を何十年も見てきて思うことですね。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 形だけからくるようなものより、その辺のどこにでもいるような顔の方が、生きものに見えていい
  • 今でも忘れないのが、この「習い事は枠に入って枠より出でよ」という言葉なの。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

    佐藤忠良に関する書籍はこちら
    自らを「職人」と呼ぶ世界的な彫刻家 佐藤忠良 WEB作品集はこちら

  • 僕はいつも仕事をしてて、うまくいかない事の方が多いんだけれども、この「抑制・・中に瞬発力を溜めこんで、静かに力を込めていく」ということは、いつも願いながらやっていますよ。本の短歌や俳句のようなものもやはりそうですよね。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 学生の頃から割合評判はよかったね、展覧会出すと。 よくいろんな展覧会に出さないかといわれて、 逃がすまいと思ってたんだか、僕と舟越と二人に賞くれてたりなんかしてね。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 彫刻というのは芸術の中で一番時間性が奪われているんですよ。演劇とか音楽とか文学と違って。文学なら例えば1ページから300ページの間で表現する。演劇なども一時間なりに時間の中で意味がはっきりしてくる。でも彫刻は彫刻そのもの、例えば動かぬ顔が一つ、人体が一つあるだけです。
  • 出典『若き芸術家たちへ ねがいは「普通」』

  • 木は自然と戦っていながら、ずるさがない。根っこはどんなに切ない思いをして石抱えて、上を支えているか。
  • 出典『若き芸術家たちへ ねがいは「普通」』

  • 生物であることを忘れちゃいけない。今、学校では若い人たちに向かって「失敗しないように」と教える。でも現実は何事も「心配し、やり直して」の繰り返し。だから続けられるんです。
  • 出典『若き芸術家たちへ ねがいは「普通」』

  • (芸術とは)内にしっかり内蔵して、能の表現のように耐えて、それでも外へにじみ出て行く。大変な修練を積み重ねてじっと耐えて初めて表現される。
  • 出典『若き芸術家たちへ ねがいは「普通」』

  • 「また死にかけのじじいが古臭いことを」なんていわれても、こういった「こつこつこつこつやる人間を育てないといけない」ということは言い続けて死なないとだめだと感じてるんですよ。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 人の顔をつくるとき、その人のいかりや喜びや過ごしてきた時間――粘土の中にね、過去と現在と未来までも、かっこいい言い方をすると時間性をぶち込もうとするんです。それが彫刻家の苦しさだと思います。
  • 出典『若き芸術家たちへ ねがいは「普通」』

  • 大体僕は人間を何等とかつけるの気に食わないの。下手な代議士よりも百姓のほうがよっぽど一等なひとがいるでしょ。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 日本人が、つくるほうも見るほうも、いかに権威に対して弱いかということなんですよ。これね、知らない人はやっぱり芸術院会員なんていうとえらい人だと思って大臣級の扱いをうけますから。 スポーツだったらそうはいかないよね、いくら金ばら撒いたって下手は下手ですから。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 僕なんていつもこん畜生と思ってばかりなのにね。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • お能というのは我々の祖先が発明した、 偉大な芸術だと思いますよ。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 芸術とは本来“ふつう”のもので、愛情と同じように、特別な存在ではない
  • 僕は今までね、「買ってください」なんて言った事は一度もないの。いや、今は売れますよ、僕は日本では割合売れる方みたいだし。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

  • 職人はね、「一日土をいじんなかったら一日の退歩」と言って、そんなに学長だ何だやって、会議ばっかり やってたら仕事はどんどんだめになっちゃいますからね。
  • 出典『saiseiseikatsu.com インタビュー』

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    自らを「職人」と呼ぶ世界的な彫刻家 佐藤忠良 WEB作品集はこちら

  • 自由な人間というのは、偏見や権威に惑わされず、真理や美に対して直面し、勇気をもってそれを吸収できる知性や感性をそなえた人間である。
  • しんけんに、絵をかき、ものを作り続けていると、じょうずになるだけでなく、人としての感じ方も、育ちます。このくり返しのなかで、自然の大きさがわかり、どんな人にならなければならないかが、わかってきます。
  • 出典『子どもの美術』

  • 我々のような写実の仕事から言うと、デスマスクみたいな石膏で人の顔から型を抜けば一番その人に似るかっていうと、かえって気持ちの悪いものしかできない。そこなんですよ。寸法は合っていても、その人の顔じゃなくなる、気持ちの悪いものになる。デスマスクと同じで
  • 出典『若き芸術家たちへ ねがいは「普通」』

  • 自覚的に人生を歩んでいる人は、自分を作り変える努力を重ねて生きていっている、と観ている。
  • シベリアの三年間は、美校卒業のときの留置場も含めて、誰でもそう体験のできることでもなさそうな、私の人生の思いがけない勉強だったかもしれない
  • 出典『つぶれた帽子』

  • 彼がその頃、「運は寝て待つのではなくて、練って待つもなんだ」と言っていたのを今も忘れないでいるが、彫刻家にはピッタリの言葉であった
  • 出典『つぶれた帽子』

  • 宿命的に触覚に終始する彫刻という仕事に最も大切なことは、身体をいじめ、身体に覚えさせ、身体で表現することだと考える私は、一年生に入った最初から石の作業場に入れて、石ノミを打たせ、頭像をのせる台のような四角い意志を二か月くらいかかって作らせる
  • 出典『つぶれた帽子』

  • ロダンが言葉の中で「習いごとは徒弟でないと駄目、生徒は駄目」といった意味のことを語っているが、いま私どもは、この言葉のもつ意味をしっかりと考えてみなければならないときに、きているのではなかろうかとさえ思う。
  • 出典『つぶれた帽子』

  • 部屋にはロダンの作品やドガのデッサンなどがあり、ムアは私の作品集の中の上体を折った女性のデッサンを見て「ドガの絵よりいい」とボソッと言った。お世辞など言いそうもない真摯なムアの口から出た言葉であり比較されたのがドガだったから私はびっくりすると同時に、心底うれしくなった。
  • 出典『つぶれた帽子』

  • なぜ彫刻の道を選びましたか?とよく聞かれるが、何かの信じものではないが、こっちが駄目ならあっちで救われたいというような、まことに頼りない話で、言い換えれば絵から逃げたのである。
  • 出典『つぶれた帽子』

  • 朝倉文夫先生の言葉だけは、肝に銘じて忘れない。「一日土をいじらざれば一日の退歩」。毎日体をいじめ、身体に覚えさせなければいけない。空理空論に走りがちな若い学生を戒める言葉でもあったろう
  • 出典『つぶれた帽子』

  • 素朴に写生をと思っても、卑しさが身についてしまったのだろうか、指先が拍手を求めて、ついおしゃべりをして格好をつけたがるのである。
  • 出典『つぶれた帽子』

  • 私はカメラをほとんど持ち歩かない。数本のまとまらない線でも、自分の目と手で描きしるしたものは、割に確かな記憶を呼び起こさせてくれるものだということがわかる。
  • 出典『つぶれた帽子』

  • 本当のところ私の作品も小節のきき過ぎた演歌みたいなもので、ちょっとてをゆるめると鼻もちならないものになってしまうから怖い。
  • 出典『つぶれた帽子』

  • このごろ教育の畑で、よく個性、個性というけれども、なにかエキセントリックなものや、癖のようなものまで個性にしてしまっていることが多いように見える。ことに我々のような芸術に関することの世界に簡単に使い慣らされると、鼻持ちならないことが多くなる。
  • 出典『つぶれた帽子』

  • 脳血栓で右手が利かなくなった舟越保武が左手で描いたすごくいいデッサン展をした。続いての彼の彫刻展で会ったとき、開口一番「ああいうところにはもっと偉くなってから書くもんだぞ」とやられてしまった。この自伝のことである。
  • 出典『つぶれた帽子』

  • 折り返したのでは私の壁は破れない。
  • 出典『つぶれた帽子』

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    新宮晋
      • 馬鹿みたいだけど、純粋なことに賭けてみたい。アーティストの役割はそこにある

    出典『環境goo WEB講義』

      • 作品を屋外に置いたのが、「風のアート」のきっかけだった

    出典『環境goo WEB講義』

      • 私はローマにいたとき、日本にいたときよりも痛切に日本の文化について意識しました。異国の文化に身を置いたとき、日本庭園や雅楽、あるいは茶道など、日本的なものに無性にひかれ、日本人の血が体に流れていることを認識したのです。

    出典『環境goo WEB講義』

      • 地球を旅し、自然とふれあいながら、風をエネルギーにした作品を展示したい。その思いを美術評論家のピエール・レスタニや建築家のレンゾ・ピアノ、安藤忠雄、デザイナーの三宅一生など、多くの友人にぶつけたところ、驚いたり、あきれたりしながら、感動し、全面的に賛成してくれました。

    出典『環境goo WEB講義』

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    澄川喜一
      • スカイツリーが立っているあたりは、東京大空襲のときに大勢の人々が亡くなりました。スカイツリーは、その鎮魂の塔のような気もします。

    出典『東京新聞フォーラム「匠の技の先端と伝統 東京スカイツリー」基調講演』

    澄川喜一に関する書籍をこちらで紹介しています

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    曽根裕
      • 私は自分の作品をすべて風景画だと思っています。まだ見たことのない風景を訪ねて旅するように、私は知らない感情を訪ねて作品を制作しています

     

      • 普段、スタジオの中には誰もいないですからね。鳥とか猫とか犬とかしかいません。そういう誰もいない場所で、3ヶ月以上も毎日考えたり、作ったりしています。

    出典『Art iT 曽根裕インタビュー』

      • 普段は作家としての意識はないですね。自分がアーティストだとは思っていません。アーティストだと思うのは誰か他人がいて、この人は芸術家ですと紹介されたときに、「ああ、そう」という感じだよね。

    出典『Art iT 曽根裕インタビュー』

      • 展覧会が終わったら、次の日に飛行機に乗るようにしています。あんまりこういうきれいなところに長くいると、浮かれて、自分がすごいアーティストだと錯覚 して次の作品に影響を及ぼすから、さっさと帰ってまた質素な生活をしながら毎日作らないといけない。アーティストは褒められすぎると腐っちゃうんですね。 だから、「野生動物にエサを与えないでください」っていう看板を作ろうかと思っています。

    出典『Art iT 曽根裕インタビュー』

      • アイディアがあってもすぐにぴんときて素材と出会うこともあるし、ぴんとこないときは作りません。そういうときは作ってはいけないんですよ。作るとダサい ものができてしまうから。だから、ぴんとこないときは我慢して、じっくり待ちます。時間は5年経ったり、10年経ったりとすぐに過ぎていってしまいますけれども。

    出典『Art iT 曽根裕インタビュー』

      • 出来るだけ他のことをやらないで絞っていかないと、自分のやりたい夢みたいなものが何個かあって、そこに間に合わない。

    出典『Art iT 曽根裕インタビュー』

      • ちょっとアーティストぶっていうならば、私が作りたいものと私に求められているものは違うということがあり、それでいつもイライラしています。それはギャラリーやキュレーターたちがこういうものにしてくれ、ああいうものにしてくれということがあるわけですよ。それに対して私がなりたいものは常にズレている わけです。それはおそらくしょうがないことなんです。どんな芸術家もそうした問題を抱えていると思う。

    出典『Art iT 曽根裕インタビュー』

      • 四川省と山東省の白い石が私は好きで、たくさんあるんですが、特に四川省の石は私には彫りやすくて、ちょっと粘性がある。山東省のはきらきらきれいなんだけど、ちょっとざらっとした感じ。どっちの石もヨーロッパの石よりもはるかにグラッシーなんです。

    出典『Art iT 曽根裕インタビュー』

      • 水晶を彫刻するのは結局“ゆっくりさ“が最も重要で、特に彫刻後の磨きに時間がかかり、そして神経を使う。急ぐと必ず失敗する。

    出典『Art iT 「雪」』

      • 少しこの透明体を彫刻すると、ほんの数分の間に何万年もいってしまうような錯覚に陥るが、恐ろしいことに、事実、そうなのだ。1㎤の厚みの中にとてつもな い時間が入っている。それがこの天然水晶であり、今もまた違う世界の何処かや何処か、あちこちで、これと同じ様な水晶が結晶化されつつあると想像できる し、きっとそれは本当のことだ。

    出典『Art iT 「雪」』

      • 私にとってのポエットリーディングは、それ自体が彫刻作品制作のためのスコアでありコンセプトシートである。それに、もしかしたら誰かお金持ちが私の詩を 聞いてくれて、「おっ、これなら面白い。この彫刻制作を応援するか!」 などという人に会えたらといった期待もあった。が、実際はパンクロッカーやヘビィメタルの若者ばかりが集まってきて、気がついたら私はなんとバンドを結成して、そのリードボーカルをやることになっていた。なんてことだ!。

    出典『Art iT 「雪」』

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    高村光太郎
      • 僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる

     

      • 彫刻とは一つの世界観であって、この世を彫刻的に把握するところから彫刻は始まるのである

     

      • 自分にとって何より確かなことは、私が内面から彫刻家的素質に貫かれているということである。いわば世界を見る目が彫刻家的になってしまっているということである

     

      • 書などといふものは、実は真実の人間そのもののあらはれだ

     

      • 彫刻の本性は立体感にあり。しかも彫刻のいのちは詩魂にあり。(彫刻十個条)

     

      • 如何なる時にも自然を観察せよ。自然に彫刻充満す。(彫刻十個条)

     

      • 姿勢は河の如く、動勢は水の流れの如く。(彫刻十個条)

     

      • 木を彫る秘密は絶えず小刀を研ぐにあり、切味を見せんが為にあらず、小刀を指の如く使はんが為なり。(彫刻十個条)

     

      • 肉合に潜む彫刻の深さ。(彫刻十個条)

     

      • 似せしめんと思う勿れ。構造乃至肉合を得ばおのづから肖像は成る。通俗的肖似をむしろ恥ぢよ。(彫刻十個条)

     

      • 効果を横に並ぶるは卑し。有れども無きが如くすべし。(彫刻十個条)

     

      • 構造を思へ、構造無きところに存在無し。(彫刻十個条)

     

      • まるごとつかめ。或瞬間を捉へ、或表情を捉へ、或側面を捉ふるは彫刻の事にあらず。(彫刻十個条)

     

    • 一切の偶然の効果を棄てよ。タッチに惑はさるる勿れ。(彫刻十個条)

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    建畠覚造
    • 私の作品の変貌はむしろ変容に見えるだろうが、私にとっては変貌とは変革を意味している。変貌とは外的な視野であり、変革とは内的視点からとらえる姿勢である

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    田村史郎
      • 私の郷里、岩手県の詩人宮沢賢治の「雨にも負けず」。その詩中「欲はなく決していからず」そして「褒められもせず苦にもされず」と、今振り返ると、まさにこの詩を地で行くようなささやかな彫刻人生をおくってきたように思うし、これからも「そういうものに私はなりたい」と思っている。

    出典『田村史郎彫刻展』東京造形大学発行

      • 私の仕事は、誰かがやり残したものを拾っていくような仕事であるが、これからも坦々と作品の制作は続いて行く。

    出典『田村史郎彫刻展』東京造形大学発行

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    平櫛田中
      • こだわるな、こだわるな。人間本来、住むところなし。どこに住んでも心は一つ。仕事ができればそれでよい。

     

      • いまやらねば いつできる  わしがやらねば たれがやる

     

    • 中原悌二郎が今生きとってくれたら、塑造家、他の者は誰だって顔色ないですよ。惜しくて、私が一番
    • 惜しいと思うのは、あの男です。あれを生かしといたらなあ、といつでも思います。
    • 悲しいときには泣くがよい。辛いときにも泣くがよい。 涙流して耐えねばならぬ。耐えた心がやがて薬になる。
    • 今の若い彫刻家など、私みたいな糞鈍な人はほとんどありません。私が育て上げました弟子でも、私よりは、はるかに仕事がうまい。うまいばかりじゃない。早い。だから、飯を食うにも都合がいいらしい
    • おとこ百からはなもみも、六十七十ははなたれこぞう、せくないそぐな来世もあるよ
    • 誠実に一つのことを貫くということが一番世の中では大切なことに相違ないと思います。これらのことなどは皆さまご承知のことでございますので申し上げるまでもないんですけれどもね。私は随分若い時から苦労しましたけれどもね。ただ、まずくってもなんでも、自分の木彫一筋を通してきました
    • 人間は思ったら直ちに実行せねばいけない。考えただけではやったことにもならず、消えてしまうものです。「いまやらねば、いつできる」ですよ。そして、「わしがやらねばたれがやる」と自分で覚悟すること。これが人間の努力を確実にするものですよ。
    • 六十、七十は鼻たれ小僧、男ざかりは百から百から、わしもこれからこれから

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    舟越桂
      • プレッシャーもありましたが、僕はわりと気楽な性格なので、いままでのものとも、父のものとも違うものができるはずだと考えていました。

    出典『ART iT インタビュー』

      • 具象彫刻でやり残されていることはたくさんあると思っています。人間の歴史もアートの歴史も、隙間なく繋がっているように見えて、実は隙間が空いている。

    出典『ART iT インタビュー』

      • 僕の家庭は、家族全員がクリスチャンでカトリック、父(舟越保武)は彫刻家でロダンなどに憧れて制作していました。そういう意味からすると、物心ついたときから西洋美術の石膏像や写真を見て育っています。

    出典『ART iT インタビュー』

    舟越桂に関する書籍をこちらで紹介しています

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    舟越保武
        • 物がとても美しく見える時は、その人の心が美しいからなのだと私は思います

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 彫刻だから、後頭部も作る。何べんも失敗して、気がついたことは、後頭部をしっかり作らないと、その人に似て出来ない、ということだった。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 『ロダンの言葉』という一冊の本が、私を彫刻家にさせてしまった。まことに簡単な動機であった。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • ブロンズでも石でもない。色彩をもたない、ただの白い紙に黒い線だけの、最も単純な原始的とも言えるデッサンが、他の何物にも替えられない魅力をもつことがある。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 大理石の彫刻が一番美しく見えるのは、高い窓から差しこむ小さな光がよい。つまりはレンブラント光線といわれている、あのやさしいスポットライトがいいのだが、現代では、やたらに光線が強すぎて、大理>石のもつ微妙な光と陰の諧調は望めない。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 彫刻家には魚釣りの好きな人が多いようだが、これはどうしたわけだろう。要するに暇があるのか。あるいは色気が多いのか。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 渓流の釣りをしていると、素晴らしい形の岩を見かけることがよくある。人間がどんなにしゃっちょこ立ちしても考えも及ばないような、素晴らしい形の岩が沢山ある。これをこのまま上野の美術館の彫刻室に持ち込んだら、他の彫刻がみな逃げ出すだろうと思われる程のものが沢山ある。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 彫刻について、『ロダンの言葉』しか知らない私にとって、ロダンは神様のようなものであった。ロダン様、ミケランジェロ様と拝むような気持ちで、美校に通った。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 私にとって堀江(尚志)さんの彫刻は、日本の近代彫刻の一つのポイントと思われる。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 本郷さんの彫刻作品には、屋外の記念像が多い。猛烈に仕事に熱中した。大変な数の作品を遺した。力強い仕事ぶりであった。本郷さんは、自信たっぷりで、独善的だと思われているのだが、そのうらには人知れずとても寂しがり屋のところもあった。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 日本の作家はそれぞれにデリケートな感覚は持っています。そしてそれに寄りかかって制作しているとも言えるようです。しかし、繊細さに抵抗してたくましい重厚なものをとらえて強く表現する力は、残念ながら余り持ち合わせていないようです。かく言う私がその最たるものですが。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 葉も花も何もつけていない裸の冬の樹は、彫刻のように単純で美しく、たくましい。自然が私に示してくれる、彫刻のお手本のように思われる。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 個性というものを必死になって強調して、世に訴えようとする現代。作品はあとまわしで、まず名前を出して行こうという現代。そういう現代に私は、疑いを持ちます。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 私の仕事は石彫と塑造だけで、木彫はやらないので、木材の匂いをほとんど判別出来ないのだが、木彫家にはこのような木の匂いが、その人の性格にまで滲みこむのではないだろうか。背筋の真直な、謹厳な感じの人が多いように思う。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

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        • お金がない時に、デッサン1枚でも、買ってもらおうと思って描いたものは、やはり生命がけみたいなせいか、いま見ても割合よく描けていて、古いものを見ると、なつかしく思います。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • そのとき私は、夜ふけのアトリエで、妻と二人で彫刻の完成祝いをしていて、ローソクの灯りで彫像を見ることを思いついた。手にもったローソクを動かすと、それにしたがって、彫刻の影が妖しくゆれて、石の顔が生きて動くように見えるのだった。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • ただ売れればいい、と言うだけの甘っちょろいものばかり作っている自分に愛想が尽きることがよくあった。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 私の石彫は、自己流で始めたものだ。師匠と言えば、石屋の親方だけであった。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 忍耐強い人が石工になるのか、石工になってから忍耐強くなるのか。手を抜く(行程順序を省略する)ことの絶対に許されない、きびしい仕事だ。仕事そのものよりも、仕事に対するきびしい姿勢を、石工たちは私に教えてくれた。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 私には、「首」ということばが、どうも面白くない。生首とか、さらし首、会社を馘に、という連想があるせいだろうか。だから頭部だけの彫刻を、ひょんなことをきっかけとして、私は、努めて「頭像」と言うことにしている。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • ひと目で全体を見ることのできる、彫刻や絵と、順を追って読む文章とでは、「時間」との関わりあいの点でも、まったく別のものだ。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 石彫は鑿の音と感触にリズムがあって、心に弾みが出来るので、疲れを覚えない。だから石を彫っている時の体調が一番いい。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 汚れない野鳥たちの、美しい生命と対話している時、このひとときが、私にとって大切な気がしてならない。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 私も『ロダンの言葉』の一冊から、彫刻の道に入ったようなものだ。高村さんの作品はほとんど見ることが出来なかったが、『ロダンの言葉』を通して、彫刻の神髄に触れるような思いがしていた。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 人の心に映るすべての生命の存在を凝視する、高い視点から生まれる想いが、詩心であり、これを源にして、言葉になれば詩であり、形になれば絵になり彫刻になるのだと思う。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 半世紀ちかく、私は彼(佐藤忠良)の制作ぶりに誘われるように、何とか仕事を続けて来た。それぞれに狙っているものは違う筈だが、私にとって彼の存在は大きい。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • この頃になって気がついたことだが、私の作る彫刻の眼までが、伏し目がちになっている。これも視線衝突を避けているのだが、これは、恐怖症とは少し違う。カッと眼をひらいた彫刻は、私には、強すぎていけない。眼を伏せいている方が、観る人の心を吸い込んでくれるような気がする。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 美人で評判の高い、ある夫人に、「あなたは美人だなあ」といったら、その人は即座に、「あら、私は美人じゃないですよ。表情でカバーしているのよ」と答えた。美事な言葉だ。美人は整形手術でも作れる。だが、「美しい人」は、その人の心が作るのだ。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

        • 長崎の二十六聖人像を作ったつき、出来上がってから気がついた。二十六人だから手が五十二本、したがって指は全部で二百六十本作った。こんな、あたりまえのことを、あとで気がついて、よく作ったものだと自分で感心した。

    出典『巨岩と花びら ほか―舟越保武全随筆集』

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    本郷新
        • 変型が遊びになると、芸術は堕落してしまう

     

        • 肉付けができていないと、彫刻も、電柱のように、ものを言わなくなる

     

        • 空間の値打ちは、彫刻のなかにも、絵のなかにも、庭のなかにもある

     

        • エジプトやアッシリアの彫刻が、数千年後の我々にたいし、芸術の根本の力はなんであるかを教え、彫刻の本当の美しさがどこから生まれるかを語っているということは、おもしろい問題である

     

        • ロダンによって新しい自覚にかえった彫刻

    出典『彫刻の美』

        • 構成とは生命ある形体の組み合わせをいう

     

        • あまり学説にたよると、芸術をほんとうに味わう力が弱くなってしまいがちのものである

     

        • 質量のそなわらないものは、形はできていても本当の彫刻とはいえない

     

        • 彫刻は決して思想をあらわすための道具ではない 宇宙のもっているあらゆる要素を、その中に集めている芸術である

     

        • ロダンから出て、ブールデルに至る近代彫刻の胚胎は、最も重くブールデルの陣痛によって誕生したかに思われる

     

        • 一日描かなければ一日飢える

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    三木富雄
        • 私が耳を選んだのではなく、耳が私を選んだ

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    柳原義達
        • 私はこのみちしるべが私の心に住みついて、いつの間にか、自分のつくる鴉や鳩に「道標」と名づけることになった。ただ、私の造形へのそれはたしかなみちしるべなのだ

    出典『道標と私』柳原義達

        • ロダンはモデルの一切を見る。そこには、生きたモデルの、生命の塊もある。時間が流れてみ動いている。内の力がプランに波打っている

    出典『柳原義達美術論集 孤独なる彫刻』

        • (ブールデルの騎馬像を見て)私に突然変異がおきた。彫刻家になりたいということである

    出典『柳原義達美術論集 孤独なる彫刻』

        • 彼(オーギュスト・ロダン)の目は自然の外観の下に潜む内面的な真実を見ている

    出典『柳原義達美術論集 孤独なる彫刻』

        • 木や石、金属が素材として、ただそこに位置するだけならば、それはただ三次元の空間でしかない。この立体が全命を宿す工夫をすることが、芸術の仕事であって、人が彫刻することであり、美を求めることである

    出典『柳原義達美術論集 孤独なる彫刻』

        • (ロダンのデッサンは美しいということだけでなく)両手で握りしめることができる。彼の目は物の表面を見ていない。裏から盛り上がる量としている。すべてを厚みとして見ている

    出典『柳原義達美術論集 孤独なる彫刻』

        • ロダンの彫刻家としての目は、内奥をつかみとることにつきている

    出典『柳原義達美術論集 孤独なる彫刻』

        • 私の過去が私をつくっている、明日もまたこのすぎた自分を内在しながらつづくだろう。今日の仕事が明日につづき、明日を内在するとすれば、今日の自分はこわいことになる。

    出典『柳原義達美術論集 孤独なる彫刻』

        • この、形成された私であれば、私の顔、すなわち私の仕事も、この反省づかれなさけない私のこの反省が自分でありの他ではない。

    出典『柳原義達美術論集 孤独なる彫刻』

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    カール・アンドレ(Carl Andre)
        • 私の彫刻のコンセプトとは、道である。それ自体は、特定の視点を持たず、目の前に現れては、遠のいていく。

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    イサム・ノグチ(Isamu Noguchi)
        • こどもたちのお尻が作品を完成させる

     

        • 空間を秩序づけ、活気づけて空間に一つの意味をあたえるのが、そもそも彫刻家なのだ

     

        • 彫刻の創造性と存在意味において、個人での所有は公共の場で人々が楽しむことに比べると意味がはるかに希薄だ。この本来の目的なくして、彫刻という手段による創造には疑問符がつく

     

        • 日本では、人が年老いて最後にたどりつく趣味は石だと言われている。―ただの石、自然のままの石が玄人の眼にはすでに出来上がった(レディーメードの)彫刻なのである。しかしこの言い方は完全には正しくはない。

     

        • 肝心なのは見る観点だ。どんな物をも、一個の古靴でさえも 彫刻となるものは その見方と置き方なのである。

    出典『 ある彫刻家の世界 』

        • ブランクーシの彫刻は、形をつくることではなく、精神を生かすのだ

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    カルダー(Alexander Calder)
        • それはグアテマラ沖の穏やかな海の朝早くだった。巻いたロープの束を寝台代わりに横になっていたら、水平線の一方に燃えるような赤い朝日が昇り始め、もう一方の側に月が銀のコインのようになっているのを見た。

    出典『Alexander Calder: An Autobiography With Pictures』

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    リジア・クラーク(Lygia Clark)
        • 私たちは、あらゆる匂い、身体的な苦悩、手触りの感触が持つ鮮烈さをわすれてしまってはならないのです。

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    ジャコメッティ(Alberto Giacometti)
        • そんなものはみな大したことでない。絵画も、彫刻も、デッサンも、文章、はたまた文学も、そんなものはみな それぞれ意味があっても それ以上のものでない。試みること、それが一切だ。おお、何たる不思議なわざか。

    出典『エクリ』

        • どんなものを眺めても、一切が私を乗り越え、驚かせるので、自分が何を見ているということが、私には正確にわからない。あまりに複雑なのだ。だから見えるものを少しでも理解しようと思えば何も考えずに模写を試みなければならない

     

        • 私は作品の中に人間の感情を表現することはまったくできない。ただ頭を構築しようとしている、それだけのことだ。

     

        • いまではわたしは十二歳のときと同じだ。いや、全く同じというわけではない。わたしは途方もなく大きな進歩をした。いまではわたしは目的に背を向けてでなければ前進しない。破壊することによってしか制作しない

     

        • ブランクーシの彫刻が二つに割れたら何が残るか?エジプト彫刻が三つに壊れたら三つの傑作になる
          1人の人間の全体を捉えることは不可能だった。しかしまた反対に、たとえば鼻の先端といった一つの細部の分析からはじめるなら、やはり道は失われてしまうのだった。一生かかっても何らかの結果に達することはできないだろう。

     

        • 伝統を受け継ごうとか、伝統を模倣しようとかすること自体、すでに伝統を失っていることを意味する

     

        • 自分が見ている現実はとらえられない。芸術こそ現実を見出すための手段に他ならない

     

        • 成功と失敗は根底では同じだ むしろ失敗が成功に不可欠だ  失敗すれば失敗するほど何かが生まれてくるように思える

     

        • 人体は、わたしにとって、決して充満しているマッスではなく、いわば透明なコンストリュクシオンだった。

     

        • 私が進歩を感じるのは 肉付けしているナイフを どう握っているのか もう分からなくなっている時だ 全く途方に暮れてしまい でもなんとか続けることができると愚かになった時 それこそ進歩の好機なのだ

     

        • 芸術は見るための手段にすぎない

     

        • セザンヌは最後まで奥行きを追求し続けたのだ

     

        • 作品も進歩するが、ヴィジョンはさらに先へ進み、作品と現実の開きはますます大きくなる。制作は決して終らない。中断された失敗作のみが残る。完成された作品はできない。

     

        • 可能か不可能か、これを知るためにも仕事を続けなければならない

     

        • キュビズムは最後に、すなわち芸術制作そのものを廃棄して貼り絵に終わった。一つの椅子なり物なりを捉えてそれを提示さえすれば芸術作品になるというわけで、それは一挙に芸術作品を作ることをやめてしまった。つまり芸術作品は廃棄された

     

        • 生きている唯一のものは人の視線だ 残りの頭の形はむしろ頭蓋骨にすぎない 生者と死者の違いを成すのは視線なのだ

     

        • ぼくとシュルレアリストとの間には誤解があった。彼らはぼくの彫刻を到達点だと考えていた。ところがぼくにとっては到達点に行くための通り道でしかなかった。

     

        • 小さな空間さえあれば。非常に大きな作品を作る時でもそうだ。大きな作品を作るために大きなアトリエがいるという人がいるが、それは間違っている。大きな作品のために必要なものは小さな作品のために必要なものと全く同じだ

     

        • 彫刻は美しいものではない 見えるものを少しでも理解しようとする手段なのだ

     

        • 私が 見たものを記憶によって作ろうとすると、怖しいことに、彫刻は次第次第に小さくなった。それらは小さくなければ現実に似ないのだった

     

        • 確かに私はこの冒険を生きている。してみれば、成果があろうとなかろうと、それが何だというのだ、いずれにしてもそれらは私にとっては失敗なのだから、私は何一つ求めない。死にものぐるいで仕事を続けることのほかは。

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    リチャード・セラ(Richard Serra)
        • 重量は、私にとって、ひとつの価値である

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    ダニ・カラヴァン(Dani Karavan)
        • 幼かったある日のこと、私は心に決めたんです。大人になったら砂の上に大きなデッサンをし、ものをつくりたい、と。砂の上に描いた線やつくった形は風が吹いてくれば消え去るわけですが、なにかそこに彫刻の原型のようなものを感じたんです

    出典『ダニ・カラヴァン―遠い時の声を聴く』

        • 人が知っているものは、どんなものでも自然から派生している。形についても、隠れているもの、顕在するもの、すべてが自然の中にある。想像や潜在意識の中にしか存在しないものでさえ、自然から生まれている

    出典『ダニ・カラヴァン―遠い時の声を聴く』

        • 僕の考えでは、アートというのは、その主題がなんであれ、けっしてアーティストを制限するものではない

    出典『ダニ・カラヴァン―遠い時の声を聴く』

        • 初めて作ったレリーフは砂につけた足跡。初めて描いた絵は砂上に落ちた自分の影

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    奈良 室生にも芸術空間を生んだ ダニ・カラヴァン WEB作品集はこちら

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    ニキ・ド・サンファル(Niki de Saint Phalle)
        • わたしは社会を変えることはできない。でも ビジョンを提案することはできる。

     

        • テロリストになる代わりにアーティストになった

     

        • 不死鳥が再生のために、身を焼き尽くす炎を通り抜けねばならぬように私も行き着くところまで行かねばと、自分を痛めつけたのです。心だけでなく、体にも火がつきました。苦しみを味わい、犠牲を払うことによってのみ、自由を感じることができます。

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    マルタ・パン(Marta Pan)
        • 人間のつくるものと自然の“創造”のあいだに、自分はひとつの親和関係をつくりたいのだ

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    ブールデル(Émile-Antoine Bourdelle)
        • 音楽と彫刻はおなじものだ。 彫刻家はマッスとボリュームで創作し、音楽家は音で創作する

     

        • 芸術とは 人間のなかに 再創造された 全宇宙である。

     

        • 制作の初めには内部の描写を主眼として表面に関心なくやれ、例えば海洋の大波が断崖を噛んで打ちつけるような勢いでやれ、一たん打ち寄せた波がまた洗いながら引いてゆくように表面の整理をしなさい

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    ブランクーシ(Constantin Brâncuşi)
        • 私が示したいと思ったのは鳥(そのもの)ではなく、その天与の能力である飛ぶということ、飛翔である

     

        • 彫刻は若い人たちのものではない。

     

        • 人は自らがつくろうとするものをつくることはできない、物質がつくることを許すものをつくることができるのだ。

     

        • 神のように創造し、王のように指揮を執り、奴隷のように働け

     

        • 彫刻というものは見るものではなく触るものだ

     

        • すべての物事には目的がある。その目的へ到達するには自分自身から、離れることが必要である。

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    ジュゼッペ・ペノーネ(Giuseppe Penone)
        • 私にとって彫刻は、考えるための方法論のひとつにすぎない。

    出典『高松宮殿下記念世界文化賞彫刻部門受賞記念 特別対談』

     

        • 視覚で理解した形は、触ることで必ず修正される

    出典『高松宮殿下記念世界文化賞彫刻部門受賞記念 特別対談』

     

        • 作品に言葉(説明)が必要ならば、その作品は完成していない。

    出典『高松宮殿下記念世界文化賞彫刻部門受賞記念 特別対談』

     

        • 手が樹の幹に沈んでいく。樹は成長の速さと素材の可塑性のゆえに、造形するうえで理想的な流動する素材である。

    出典『高松宮殿下記念世界文化賞彫刻部門受賞記念 特別対談』

     

        • 水の条件は水平性であり、彫刻の条件は垂直性である。・・・水の条件は形なきことであり、彫刻の条件は形である。・・・水の条件は流動性、変貌であり、彫刻の条件は個体性、永続である。

    出典『高松宮殿下記念世界文化賞彫刻部門受賞記念 特別対談』

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    リー・ボンテクー(Lee Bonteou)
        • 今日の若者を取り巻く恐怖と希望、醜さと美しさ、宇宙の神秘を、私はアートで表現したい

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    マイヨール(Aristide Maillol)
        • 自然とは、調和以外のなにものでもない

     

        • 私が彫刻による表現を始めたのは 限りなく続く 自分自身への探求という 憂さ晴らしからであった。

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    ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti)
        • 私は、彫刻家であり画家ではない。 壁画は自分の本領ではなく、成功は覚束ない

     

        • 最高の芸術家は 想像のみで制作するのではなく 深淵な道理を悟った 「手」によって作品を刻み出す。

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    ヘンリー・ムーア(Henry Moore)
        • 人体の基本となるポーズが3つある。まず立っているもの、次に坐っているもの、そして横たわっているものである。3つのポーズのうちで、横たわる人体像は、最も自由がきき、構成しやすく、また空間性を持っている。

     

        • <母と子>のアイディアは、私が取りつかれている2つか3つのアイディアのうちのひとつ、私の無尽蔵の主題のひとつである。<母と子>は、人間的にも構成的にも非常に豊かな主題なので、私は常に使い続けるだろう。

     

        • 彫刻の置かれる背景として空以上にふさわしいものはない

     

        • 私の彫刻はすべて人体を基礎にしている。私の作品の場合、3つの主題がくり返される。「母と子」「横たわる像」「内なるかたちと外なるかたち」である。ある場合にはこのうちの2つの主題が重なっているし、3つ全部の組み合わせということすらある。

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    レームブルック(Wilhelm Lehmbruck)
        • わたしの両手かは暗い夜から懇願する。高く持ち上げられ、暗闇を、無を希求する。しかし、その暗闇のかなたには光が存在するのに違いないのだ

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    ロダン(Auguste Rodin)
        • 彫刻はただ凹みと隆起の術に外ならない。それから免れることは出来ない。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 私の考えでは、ギリシアがわれわれの師です。彼らのように彫刻を作り得た者はかつてない。彼らはその彫刻の脈管の中に血を溢れされることを知っていた。この根本のことに較べると主題などというものは何でもありません。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • かぶりついて仕事せよ。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 美はいたるところにあります。美がわれわれの眼を背くのではなくて、われわれの眼が美を認めそこなうのです。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 「自然」 をして君達の唯一の神たらしめよ。 彼に絶対の信を持て。彼が決して醜でない事を確信せよ。そして君達の野心を制して彼に忠実であれ。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 幾何学が感情の基底にあるという事、むしろ感情の各表現は幾何学が支配する動勢によって作られるという事です。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 情熱をもって君たちの使命を愛せよ。これより美しいことはない。君たちの使命は凡俗の考えるよりも遙かに高い。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 古代芸術の値打は高肉(ロンドボッス)から湧く。極度に凹凸の術をもっている。批評家や先生たちは、彼らのようではこれをどうして説明出来よう。彼らはこの職業に属していない。芸術は実際やっている者からの外は教えられるはずのものでない。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 髪を梳く女は美しい調和――最高度の優美――を構成するリズムある動勢を行っているのです。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • いっさいの生は一つの中心から湧き起こる。やがて芽ぐみそして内から外へと咲き開く。同じように、美しい彫刻には、いつでも一つの強い内の衝動を感じる。これが古代芸術の秘訣です。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 自然はつねに完全です。決して間違いはない。間違いはわれわれの立脚点、視点の方にある。骸骨にすら美と完全とがある。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 素描を通してのみわれわれは陰影の知識に到達する。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • ギリシアは他のすべての国以上に彫刻の国であった。彼らの彫刻の主題はいのちであった。それを種々の名前や表象の下に隠した――ゼウス、アポロ、ヴェヌス、フォーヌなどと――しかしこれらいっさいのものの背後にいのちの永遠の真があった。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 眼が見えるということは一生涯もかかる教育の果実です。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 芸術は感情に外ならない。しかし量と、比例と、色彩との知識なく、手の巧みなしには、きわめて鋭い感情も麻痺される。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 深く、恐ろしく真実を語る者であれ。自分の感ずるところを表現するに決してためらうな。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 素描する時、決して外囲線に気を取られるな。凹凸(ルリーフ)だけを考えなさい。その凹凸が外囲線を支配するのです。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 最も美しい主題は君たちの前にある。なぜといえばそれらのものこそ君たちが一番よく知っているからである。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 凡庸な人間が自然を模写しても決して芸術品にはなりません。それは彼が「見」ないで眺めるからです。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • フィディアスとミケランジェロの前には平伏せよ。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 壊れたギリシアの彫刻は、多くの傑作に分かたれた傑作です。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 結局芸術の唯一の原則は見るものを模写する事です。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 芸術とは自然が人間に映ったものです。肝腎な事は鏡をみがく事です。

    出典『ロダンの言葉抄』

        • 辛抱せよ!インスピレーションを頼みにするな。芸術家になるための資格は 知恵、思慮と誠意、そして意思だけだ。 正直な労働者のように ただ君たちの仕事をやり遂げよ

    出典『アーティストの言葉』

        • Nothing is a waste of time if you use the experience wisely.

    出典『Heads and Tales (1936)』

        • The artist must create a spark before he can make a fire and before art is born, the artist must be ready to be consumed by the fire of his own creation.

    出典『A Toolbox for Humanity: More Than 9000 Years of Thought』

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    メダルド・ロッソ(Medardo Rosso)
        • 自然には境界がないのだから、芸術作品にも境界があってはならない。私が肖像彫刻を作るとき、それを顔の輪郭線だけに限ってしまうわけにはいかない。

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